2017年06月24日

うさぎカフェの人々

海外在住の高校時代のチームメイトが来日し、
久々にこちらに立ち寄るというので会うことにしました。
娘もすっかり大きくなって、ママと一緒におばちゃんトークに付き合うだけでは
時間を持て余してしまうお年頃。
ということで彼女のリクエストでうさぎカフェなるものへ行って参りました。

原宿の某お店へ行ったのですが、私なんぞ原宿自体が何十年ぶり。
特別な用事がなければ、まず足を踏み入れない町です。
観光気分で私だけならまず入らないようなお店に立ち寄りながらうさぎカフェへ。
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ちょっと古いマンションの一室がカフェでして、入ってみてビックリ。
元々6〜7畳のワンルームでしょうか。そこを二つのエリアに分けて
うさぎと触れ合うスペースにしており、簡素な丸椅子が壁際に数脚。カフェ感はまるでなし。
もっともあとでホームページをよくみたら「うさぎと遊べる専門店」とのことで
ならば納得のお店の作りでした。
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入るとまず、うさぎとの遊び方―注意事項の書かれた紙を読み上げながら
チェックしていき、署名までしてプレイ開始!?
抱っこや追いかけまわしは禁止で、与えられたスペースの中に1匹しか放てません。
ワンドリンク制なのですが、350mlペットボトル1本またはホットドリンクを自分で作る方式。

いわゆる猫カフェのようにお茶を飲みながら猫と触れ合うというゆったり感はありません。
うさぎはケージの中ではおとなしいですが、フロアーに放たれると意外に動き回ります。
そしてマーキングのため、動きながらコロコロと糞をしながら動きます。
それをお店のオネーサンが卓上用の小さな塵取りとブラシを持って拾いながら追いかけます。
私たちは総勢6名だったので、その3畳くらいのスペースの中に
ウサちゃんとオネーサンがさらに入ってなかなか濃い人口密度です。
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それでも大盛況で、隣のエリアにも次から次へとお客様が。
我々は予約をして行ったのですが、飛び込みで来た人などは入店を断られるほど。
客層も女子供だけでなく、男性の一人客や、3人組(この方たちは入れなかった)やら。
まぁ私たちもオバチャン5人が外人に見える女の子を一人連れている妙な客なのでしょうが
こういうところを舞台にして、人間模様を描く映画とか作れちゃうかも
というような不思議な空間でした。
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いやぁ〜、良い体験をしたわ♪


ランチに入った店にはたまたまうさぎの剥製が!!


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2017年06月23日

ハイエナ

「 ひとまずおかえりくださいませ」
その時の自宅前の光景を思い浮かべると嫌悪以外の何も残りません。
こういう言い方すらはばかられるけれど、ようはお二人ののブログを見ながら
Xデーは近いと張り込んでいたということでしょう。
ハイエナ。瀕死の獲物の息が耐えるのを今か今かと待っていたっていうことですよね。

がん患者を家族に持った経験者として、耐え難い光景です。
ひとたびキーワードを入れたら、知りたくないことだって教えてくれる世の中です。
薄々お別れの時が近づいていることくらい家族だって本人だってわかるんです。
でもそれを口に出したら
必死に守ってきた何かが、
脆くていつ壊れてもおかしくない何かが、
あっという間に音を立てて崩れることがわかっているから
我が家にだけは奇跡が起きると言い聞かせてバランスを保っているのです。

わかっていたって――いや、わかっているからこそ
そっと見守る時間があって良いのだけれど
土足で踏み込んでくる人がいるのです。

そんな望まれない来訪者を私も経験しました。
大切な1日だったのに、今でもあまり思い出したくない1日になってしまいました。

そんな日が心無い一部の人によって、発表以降連日続いていたかと思うと、言葉もありません。

なんでも早く報じりゃあ良いなんて
無節操な国にいつから成り下がったのでしょうね。
慮るという言葉はもはや死語でしょうか。
悲しくやりきれない気持ちにさせるニュースでした。

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2017年06月22日

クールジャパンに入れて!

昨夜は架線切れで運休していた新幹線。
一夜明けたらなんと!もう復旧。
いやぁ〜、やっぱりすごい。日本の復旧能力。

架線が何故切れたのか原因がわかりませんが
強い電流で、新幹線の屋根に穴が開くほどの大事故。
何度でも言いますけれど、海外だったらこんな事故が起きたら
翌朝に通常通り運行なんて有り得ないでしょう。

夜中だろうと荒天だろうと作業員が集まり工事を完遂する。
本当にすばらしい技術力です。
そこにもっと注目して欲しい。
決して当たり前ではなく建設に携わる方々の意識と技術の高さがなせる業なんですが。
これも“クールジャパン”だと思うのだけど、
建設業がクールなわけがないということなのか
なかなかそういう評価をしてくれるところはありませんね。

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2017年06月21日

共通点

中学生棋士 藤井聡太四段があれよあれよという間に歴代最多タイの28連勝を達成した。
ものすごい中学生が現れたものです。
なんて話題にしながら将棋のことはよくわかっておりませんが
将棋だけでなく、メディアへの受け答えもものすごいのです。

プロになってから負け知らずでありながら、天狗にもならず
ここまで連勝できるなんて夢にも思わなかった。運が良かった。
なんて発言、14才でできますか?
就職活動中のウチの学生たちにだってこんな受け答えできやしません。

気を引き締め
記録は意識せずに普段通りに
実力が足りない

なんて言葉は当たり前のように出てくるし
昨日引退が決まった加藤一二三九段について
一抹の寂しさを感じる とか。
まぁこれくらいなら、ちょっと大人びた子供は使うのか??
とも思わなくもないが、びっくりしたのは
望外の結果
僥倖としか言いようがない

なんて、大人だって使いません!
将棋だけではなく、読書なんかも相当しているのではないかしら?

しかしこれも格差なのか、できる子はできる…
子供でも世界の舞台で戦うようなレベルの子は
きちんとした受け答えをしています。
卓球の張本智和選手とかサッカーの久保建英選手とか水泳の池江璃花子選手とか。
きちんと話すことができるということは、やはり自分の考えを整理できているというか。
伝えることができるということは、受け取ることもできるということで
そうでなければ世界的な活躍はできないのだろうなと。
日本語をきちんと話す。当たり前のことだけれど大事なことです。

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2017年06月19日

泳げなくたって

自分の仕事について考える時、苦手なことや嫌いなことを避けるというのは
長く続けていこうと思った時当たり前のことで――
私なんぞも、はじめて将来の仕事について具体的に考えた時は
自分がやれるかやれないか考えて、残った道へ進まざるを得なかったというか。

例えばやりたいことのひとつに学校の先生があった。
けれど、それは教育に携わりたいというより部活がやりたいという
今思えば子供の“夢”レベルだったのですが、そんな状態でも実際先生になるには
どうするのか考えた。
自分がやるとするなら、体育、美術、家庭科くらいだろうか。
体育は泳げないから、水泳がネックになる
美術は競争率の高い美大にいく学力&美大受験用のデッサン力などがない。
可能性があるのは家庭科か?
なんて考えたものです(実際はそのどれになるにも学力がなかったけれど)。

今の子供はそういうことは考えないのだろうか。
というのも今日の夕刊。
海保入学生4割泳げず ですって!
で、そのためにプールの時間を冬にも行うとの記事でしたが
ということは温水プール化せねばならず、1億2千万の予算を計上しているらしい。

温水プールなんだ!冬の冷たい海の救護のために冷たい水でも訓練とかではなく。
っていうか、そもそもその年まで泳げない人って
もともと泳ぐのが苦手とか、水が嫌いとかじゃないの?
泳げないのに海上保安庁に入ろうと思う発想が、もう全くついていけない!
「海猿」観てないのか?公務員だから?何となく格好いいから?
泳ぎが得意な人が手をあげる職業かと思っていたら…。

まぁそれを言ったら分数ができない理工学部生もいますけどね。
あ、私も数学と物理が嫌いなリケジョですが…
でも当時はそれをやらないで卒業して良いって言われたからで、
入学後にしっかりやって下さいね、と言われていたら入学しなかったかも。

泳げなくとも海上保安官を志す、そういう時代なのかな。

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2017年06月17日

シンプルに

特に見たい番組もなく、ブラタモリ後チャンネルを変えずにいたら
始まったNHKスペシャル。
ある文民警察官の死 〜カンボジアPKO 23年目の告白〜
昨年のアンコール放送だったようです。

土曜の夜のお気楽タイムに反してとても重たい内容でした。
NHKスペシャルですから“お気楽”であるはずがないのですが。
23年前に日本が初めて参加したカンボジアPKOの実態を追いかけたドキュメンタリーです。
時間が経ってようやく話すことができるようになったという印象です。
口止めと言うことではなく、客観的に話すことができるような状態に
なかったのではないのかなと感じました。
それほど現地はひどかった。

派遣が悪いとか、9条を守るべきとか、事態はそんなに単純ではないと思いました。
重要なのはこうした現実をみんなが知り、それから議論しなければならないということ。
闇雲に武力(自衛含む)について反対する人や、あるいは自衛隊を軍隊にしてしまえという人
彼等は現実を知ったうえで主張しているのか。
少なくともこうした事件を、当時現地で起きていたことを知ったうえで
反対なり賛成なりしているのなら良いですが、カンボジアPKOで
文民警察隊お一人が亡くなったことも知らなかったり(忘れていたり)していそうで。

現地の悲惨な状況はもちろんですが、愛虎的には
このとき亡くなった田晴行さんの様子がものすごく心に焼きつきました。
番組の最後の方で当時の班長だった川野邊さんがカンボジアを訪れ、事件現場に立ち寄ります。
そこで田晴行さんのお話をされました。

病院に運ばれた時の状態は出てきませんでしたが
襲撃の様子を聞く限り、田さんは瀕死の状態だったのではないかと思いました。
病院で田さんの顔に酸素マスクを押し当てて、田吸えと耳元で怒鳴ったそうです。
するとその声が聞こえたのか、田さんは急に口をとがらせて
一生懸命息を吸おうしたそうです。
その姿を見てじーんときた。田さんがあの状態で生きていたんだ、と。
日本に帰りたいんだな、と感じたと。

やっぱり人って、本当に心臓が止まる瞬間まで生きようとするのですね。
“あの状態で生きていたんだ”と思うほど、もう生きているのか死んでいるのか
わからない状態で、死ぬ瞬間まで生きようとするその反応で生きていたと気付く。
昨夜に続いて父の話になりますが、父が亡くなる瞬間に
あ、生きていたんだ とわかったことを鮮明に思い出して
田さんの「日本へ生きて帰りたい」という想いを伝えるのに
これ以上のものはないと思いました。

意固地に主張したり、政党や派閥で考えたりせず
こういう悲しい想いを二度とさせない。シンプルにそれだけ考えたら
国際貢献はどうあるべきか、もう少しわかりやすくなりませんかね。
難しい問題ではあるのだけれど。

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2017年06月16日

生涯現役

野際陽子さんが肺腺がんで亡くなられた。
週の初めに緊急入院、なんて記事がいきなり出てきましたが、
その時はすでにお亡くなりになっていたのですね。
その後さらに娘さんのコメントなども出て、先月から入院されていたことがわかりました。

「肺腺がん」。父と同じ病気です。
喫煙とはあまり関係のない癌と言われていましたが、先月くらいでしたか。
軽いタバコの場合、煙が肺の奥まで入り込み
肺腺がんの原因になり得るような記事がありました。
父は10代の後半からタバコを吸い始め、健康を気にして(笑)
40歳前後くらいから軽いタバコを吸うようになっていました。
タバコ人生の半分はタール3ミリとか1ミリの軽いタバコです。
重いタバコと軽いタバコで結局肺の隅々までタールで真っ黒になっていたのかしら?

それはさておき、何の癌にせよ最近はギリギリまで普通の生活を続けます。
実は野際さんと月命日が同じです。
父の最期の入院は前月の20日、そしておよそ3週間で亡くなっています。
急激に衰えたのは最後の5日だったでしょうか。
それまでは、病院食はあまり進まなかったものの、
好きなものはわりと普通に食べたりできるくらいでした。

ですから野際さんの訃報を聞いた時も、突然の死にショックを受けるとともに
あぁ、癌の死に方だなと 妙に納得もできたのです。
そういう意味では生涯現役を貫きやすい病でもあると言えますが
やはり最期を看取ってくれる家族がいない者にとっては
“ピンピンコロリ”といきたいものですね。
(そのためには元気なうちの終活も必要になってくるんですけどね)

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2017年06月14日

これもハシゴ?

今夜は、職場の大先輩に誘われてハシゴ酒!?
3軒もハシゴと言うとものすごい飲んで食べてというイメージでしょうが
この大先輩。最近ますます1軒にいる時間が短くなってきています。

最初の店は職場から15分ほどの居酒屋。
17時半から飲み始めたものの、最初に注文したものが出そろって
大先輩が2杯目の焼酎を飲み始めた頃に「お愛想」。
夏至も近い頃ですから、お店を出た18時45分頃はまだまだ明るい時間。

そのまま電車に乗って20分ほどの市の中心地へ向かいました。
2軒目は地ビール。私が一杯飲む間に、大先輩と同量は3杯の地ビールを飲み
再び「お愛想」。まだ21時前です。

この時間で終わる訳もなく「もう一軒だけ〜」の声に寿司屋へ。
前の2軒でもそんなに食べてはいませんが、寿司を頼むほどでもなく
お通しと適当に見繕われた小鉢が出てきたあたりで「お愛想」。
22時5分前といったところでしょうか…。

「わたし、同じ店で長く飲むの嫌いなんです」
わからなくもないが、もう少しゆっくり…(笑)。
まぁ1件の店で3時間も4時間も、とやられるよりは
途中退散するチャンスがたくさんある方が良いのかしら?
店が変わる毎に何となく会話も切り替わって、実は大先輩なりの情報収集のやり方なのかな?

ということで何だかいただいたお料理も、店が変わる毎に
お腹のどこかに消えてしまったようで、お腹が空いてきそうです。
あら?ダイエットにも良い飲み方なのかしら?

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2017年06月13日

縁が産む縁

若手助手から、某所の卒業生はいないか尋ねられた。
うちの学科からは久しぶりに某所を受験し、面接に漕ぎ着けたという。
大先輩に伺ったところ、数年前に入った卒業生がいるにはいるが連絡が取れないという。
最近、就活をした学生の方が近年の傾向を知っているだろうと思ったのだけど
連絡が取れないのであれば仕方ない。

そこで、むしろ面接官をやる年齢に近いであろう自分の伝手を使うことにした。
と言っても、たまたま昨年末に研究室の先輩に何故か呼ばれて参加した忘年会に
某所の方もいらしたというだけのつながり。
一期上ながら在学中には接点はなく、その時が「はじめまして」の感覚。
それでも、同窓のよしみってだけで連絡を入れてみた。

すると非常に喜んでくれて、時間が許す限り応援したいと言って下さった。
縁とは本当に不思議なもので、その忘年会に行っていなければ
名刺交換もしていなければ、不躾にいきなり就職相談してみようという気も起きない。
私の縁がある意味、学生にとっても縁になるわけだから面白い。

ま、本来こういうOBとの顔つなぎは指導教授がやるモノですけれど
近頃の教授ときたら、自分の研究や委員会ばかりで学生はコマにしか使わない。
就職のために奔走してくれる先生なんか皆無です。

奔走する気になる学生がいないと言えばそれまでで
卵が先か鶏が先かはわかりませんが。
私も奔走まではしませんが、後輩のために縁は使いますよ。
その縁がこの先さらに別の縁を生むかもしれませんから。

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2017年06月12日

女性活用を見習え

母が面白そうとチャンネルを合わせたBS-TBSの『にっぽん!歴史鑑定』。
今夜は「家康の妻 瀬名と側室たち」とのテーマで
徳川家康の妻たちをクローズアップしていました。

昨年の大河ドラマでは側室の阿茶、
今年の大河ドラマでは正室の瀬名が
そして数々のドラマで秀吉の姉である朝日が度々現れ
多くの正室・側室が家康の周りにいたことは知っていましたが
思った以上に内政、外交、戦に関わってきたのだという印象でした。

最初の頃の正室や側室は悪妻と言われたり
自由奔放であったりと(どちらも後で作られた話とも)
政略結婚の相手との関係に苦労したようですが、
その後は素晴らしい女性たちに恵まれたようです。

二代目将軍の秀忠の母でもある西郷局は、美しく優しい女性。
自身も近眼で、家康と話すときに顔が見えるように顔を近づけて話すという話があるほどで
そのためか盲目の女性の衣服飲食の面倒を見て保護していた。
ですから西郷の局が早逝した時は、かつて恩を受けた女性たちが大勢お参りに来たり
内外にとにかく慕われた女性だったそうです。

家康に見初められた茶阿局は既婚者だったにもかかわらず土地の代官に言い寄られ、
それを守ろうとした夫を大観に殺されるという悲しい過去を持つ女性。
それを直訴した時に家康に気に入られ、側室になったそうで
修羅場をくぐってきただけあって胆が据わっており
奥向きの事を任されるようになったそうです。
そんなわけで発言力と政治力も強かったようです。

そして昨年の大河でかなりクローズアップされた阿茶局。
大坂の陣での活躍は大河で描かれた通り。
その後も采配をふるい家康の懐刀とまで呼ばれ
その才能をお家のために使って欲しいと、家康の遺言で出家を認められなかったほど。
城内に屋敷まで与えられ、三代将軍家光の時代まで仕えたというからすばらしい。

後にお勝の方と呼ばれるお梶。この人も聡明な女性だったようで
家康があるとき、家臣たちに「一番美味いものと一番まずいものは何か?」と尋ねたとき
「一番美味しいものも一番まずいものも塩です。どんなものでも塩で適度に味を調えなければ美味しくならず、でも塩をそのままで食べても美味しくない」
という返答をし、その答えを家康も大変気に入ったとか。
そして当時、戦には女性は不浄としてついていくことはおろか
前日に床を共にすることすらなかったのに、
関ヶ原では男装して同行させ、半日で圧勝したことから
「この勝利はお梶がいたからに違いない!」と名前まで『お勝』に改名させます。
また非常に倹約家でもあり、金庫番のようなこともさせたとか。

こうして見ると、当時の常識など無視し
能力がある女性であれば、どんどん登用していくという柔軟な考えを
家康が持っていたことがよくわかります。
何だか形ばかり「女性活用」なんてやっている現代よりもよっぽど正しく女性活用をしていた。
時にタブーとされているようなところでも適材適所でお役を与える。
そんな家康だからこそ、その後300年もの間安定するような国造りができたのかもしれません。

posted by 愛虎 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする