2021年11月26日

便利過ぎて

我が学科ではあまりにも学生のレポートの出来が悪いため
必修の実験科目で3週くらいかけて、添削と修正を繰り返したのち
提出させるという方法をとっています。
大学院生が大勢いる研究室では彼らが時間をかけて何度もやり取りしますが
そうでない研究室ではせいぜい週1でやり取りをし
修正し切れてなくてもそこで評価する程度です。

そんなわけで添削途中のレポートを見ることもあるのですが
まぁひどい。
中身云々以前に日本語ができていない、体裁そのものができていない。
文書になっているものをあまり見ないからなのでしょうか。
ワードやエクセルがお利巧すぎて、彼らがデフォルトで提案する
書式やグラフをそのまま使いすぎるのです。

よって余白が大きすぎたり、段落番号のインデントもそのまま
グラフの意図も考えずに目盛りもバラバラ、マーカーの色や形もお構いなし。
最後に考察をどう書くかも考えずに作るので統一性もない。
文書全体のバランスが感覚としてありません。
数式は面倒だからと教科書や資料を式を画像で貼り付けたりするので
文字のサイズが違っていても気にもしない。
Tabや時には小さなポイントの文字で空白を入れたりして微調整するとか
そんな“こだわり”などは一切なく、レポートのページ数を稼ごうと
改ページがやたら多かったり…。
注意しても面倒くさがるばかり。
私だったら収まりが悪くてとてもそのまま提出などできない。

昔はこんなにワープロソフトが優れていなかったので、
パソコンで編集しきれない部分はアナログ的に対処していました。
学生のころアルバイトでコンサルなども行きましたが
ページのナンバリングは手書きで、その位置が一定になるように
テンプレートに印をして同じ場所に書くよう指導されたり
切り貼りをするにも前後の文字間隔に合わせてトレース台を使って
透かしながらぴったり合わせるとか
図のサイズを合わせるために手動でコピー倍率を何度も微調整してみたり

そういう手間をかけたことで、きちんと体裁を整える
ということが身についたのだと思います。
便利にし過ぎてしまうと、便利になった部分への注意も向かなくなってしまうような
良いんだか悪いんだか

posted by 愛虎 at 23:19| Comment(0) | いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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