2022年01月10日

新成人

いまだに馴染めない1月第2月曜日の成人の日。
最近では3連休の中日―つまり日曜日に式典を行って
翌日の祝日(月曜日)をはさんで、火曜日から無理なく
仕事や授業に行けるように配慮する自治体もあるようです。
我が校などは逆に成人式に配慮し、明日は終日休講になっています。

そんな成人式もこの4月から18歳が成人年齢が引き下げられるのに伴い
初年度だけ一気に3学年一緒にやるの???
なぁ〜んて思っておりましたが…。


今朝のNHKのニュースによれば、調査したほとんどの自治体で
引き続き20歳を対象に行うとのこと。
調査は全国の県庁所在地の市と政令指定都市、東京23区の
合わせて74の自治体について行われ、
なんと「検討中」とした青森市を除くすべての自治体が
これまでどおり20歳を対象に実施するという結果に!
式典を18歳にすると受験や就職の準備が重なって忙しいとか
進学・就職前の出費が伴う時期で家計負担が大きいとか。

いや…もう何だか18歳の成人って何なんでしょう?
まず選挙権が得られること
親の同意を得なくても、携帯電話やローン、クレジットカードなどの契約、
そして男女ともに結婚が可能になるけれど
飲酒や喫煙、競馬・競輪・競艇などはこれまでどおり20歳未満は禁止。
また少年法は改正されないため、相変わらず20歳未満が対象。

票集めと金集めのためだけの法改正にしか見えません。
そもそも近頃の若者を見るにつけて、どんどん幼くなっていますし責任感もほぼなし。
成人年齢を22歳に引き上げるならともかく引き下げって!?
と思っていた派。そのうえ忙しいとか経済的に辛いとかで式典を
ズルズルと2年も延ばすくらいなら、いっそ1月にやらなければ良いのでは。
ハッピーマンデーなどという記念日のいわれも何も無視した日を祭日にした時点で
式典を1月にこだわる理由も無くなっていますし
全部が片付いた18歳の3月末にやれば良い気もします。

やはり成人年齢を引き下げたのなら、式典をやることでその意識というか
責任感を植え付けるためにも、その齢にやった方が区切りになると思いますがね。

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2022年01月02日

警告夢

先ほども近畿地方で地震があったと速報が流れましたが
昨年末から少し地震が多いように感じます。
だからという訳ではありませんが、今年の初夢は地震の夢でした。
はじめは本当に揺れたのかなと思いましたが調べてみたところ
我が家の周りでは昨夜から今朝にかけては地震はなく
やはり夢だったのかと確認しました。

普段あまり夢は見ない(起きた時に覚えていない)質ですが
地震なんて何かを象徴するような夢なので覚えていたのかもしれません。
しかもよく考えたら初夢。今年を占う何かのでしょうか…。

夢はまさに自分の部屋で布団に入っているところ。
ン?地震??と思っているうちにまぁまぁ大きな揺れになり
仏壇は無事か?これは母の様子を階下まで見に行った方が良いのか?
と思っているうちに治まり、姉が下に降りたか?いや、降りていないか?
飛び起きたりしている気配もないし、まぁ良いか…と再び眠りにつく

という本当に地震情報を調べるまで夢か現実かわからない感じでした。


気になって調べたところ、地震の夢は微妙でして
基本的には「大きな変化」が起こる予兆とのこと。「警告夢」が多いそうなのですが
シチュエーションによっては吉夢のこともあるそうで…
小さな揺れの場合は吉夢。
揺れが小さいほど自分が持つエネルギーは強力ということ。
仕事などで成功を収めたり、金運が上昇したり、長年の悩みが解決したりするかも、とのこと。
逆に揺れが大きいとこれから起こるトラブルや変化が大きいらしい。
私の夢は、揺れが大きいと思ったけれど実際は何も起きずそのまま寝ているのだから
大きいと感じただけで小さい地震だったと考えて良いのでしょうか…。

また夢の中で冷静に対処していれば、大きな災難に見舞われながらも
自力で無事に解決できるということを暗示しているのだとか。
精神的にも安定しており、気力が充実した状態だといえるので
今後どんな困難に遭遇したとしても、果敢に挑む力があるそうです。
まぁ布団に入ったまま状況判断して、そのまま眠るという夢なので
冷静と考えて良いのか…。

さらに地震が発生したにも関わらず、何も壊れなかったという夢も吉兆のサインとか。
もしも何かの事態が発生したとしても、何事もなく解決できるということを暗示。
長年挑戦した出来事が実を結ぶ可能性も示唆。
何も壊れない夢を見た場合、新しいことにチャレンジするのに
適したタイミングだと言えるかもしれないとのこと。

ただ、自分が寝ている際に地震が発生してしまう夢を見た場合
予想もつかないような出来事と遭遇してしまう悪い兆しとも書かれていました。
何か不測の事態が起きないかどうか気を付け、何が起きても大丈夫なように
心構えしておくのが良いそうで、気持ちをしっかり持つようにしなさいとのこと。

そして家族で一緒にいるときに地震に遭遇するという夢を見た場合
家族との関係に変化が起こる可能性があるとか
家の中にいる地震の夢をみた場合は家庭や家族の誰かに
変化やトラブルが起こる可能性があるとか不安な要素も。
自分自身が病気になったり、進行中の計画が挫折することを暗示する場合もあり
身辺には十分注意した方がよいらしい。
ただ夢の中で家族は家の中にいるという設定でしたが
実際には出てきていないので、家族との関係については該当しないのか
どうなんでしょうね…

そう書かれつつも、地震が起きて助かる夢は今のつらい状況から抜け出し、
運気が回復することを意味しているなんて意味もあるらしく
地震が起きてもそのまま寝ているくらいなのだから“助かった”と考えるのなら
これも該当するのかなと思ってみたり。
とすると、今抱えている問題が大きい人ほど大きな好機が訪れる とか
目の前には大きな試練もしくはストレスが溜まっている可能性があるけど
今のあなたにはそれを乗り越える気力がある とか
自分を信じて目の前の試練に対して真摯に立ち向かい乗り越えることで
自分自身が成長し、好機をつかめるチャンスが増えるようになる とか
かなり前向きな解釈になるようです。

そんなわけで今年は大きな変化や対人関係に注意しつつチャレンジせよ
と 好意的に捉えてみようと思います。

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2022年01月01日

猛虎祈年

新年明けました!おめでとうございます。
毎年代り映えしませんが、例によって神奈川の雑煮と
香川の雑煮で新春を祝いました。
新型コロナがやや収まっていたため、
若殿はホテルのサポートで年末年始は出張。
女3人の のんびり正月です。
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今年は正月アイテムを一つ追加。
ホームセンターで見つけたソーラーライトスタンドを
門松を立てるのにピッタリと思い購入。
これまではペットボトルの上を切って
玉砂利を詰めて立てていたのですが、これは少し強風だと倒れます。
2年1度くらいは松の内の間に倒れて砂利が散らばって…
ということがありました。
ソーラーライトスタンドは先が細くなっていて、
一番下まで刺さりきらない不安定さや
枝の癖に合わせての微調整はできないのですが
とにかく手軽。今のところ倒れもせず、なかなか良い感じです。
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今年は虎党にとって寅年は特別な年。
そんなわけで猛虎を前面に出した年賀状です。
もう自分より目上の、かしこまった年賀状の枚数も減ってきたので
賀詞も無視して「猛虎祈年」と書き、雄々しい虎を描きました。
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千里往って千里還る虎のようなエネルギッシュな1年にしたいと思います。
今年もよろしくお願い致します。

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2021年12月31日

来年も太く長く

まさかのコロナ下2年目の年越しです。
社会的距離を保ったままの50代。
スタートダッシュをきり損ねたまま、2年が過ぎました。
でも意気込みだけは太く長くいきたいと思います。
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TOKYO2020は残念ながらチケットは消えてしまいましたが
力をたくさんもらいました。
新型コロナに翻弄されながらも、
リアルでもリモートでもやれることをやれば良いことも
分かってきました。

この2年はきっと太く生きるヒントを教えてくれたのだと
いつか言えるような気もしてきました。

そんなことを考えるきっかけを下さった皆様に感謝します。
今年もありがとう。来年もよろしく。

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2021年12月26日

年末のご褒美

恩師から勧められていた展覧会『川瀬巴水―旅と郷愁の風景』を見てきました。
もう少し早く行けるかと思っていましたが、なんだかんだと予定が立たず
結局会期最終日に滑り込み!
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今朝までには投函したいと思っていた年賀はがきをクリア。
正月飾りをするための玄関掃除も午前中のうちにクリア。
もちろん年末の仕事はまだまだあるのですが
とりあえず日にちを区切ってやりたかったものは終わったので
昼過ぎに思い立って行ってきました。
ささやかな自分へのご褒美のつもりで。

元々好きな版画家で画集も持っていますし
何年か前にデパートでも展覧会をやっていて、そのとき買ったDVDも持っています。
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 画集とDVD(左)、川瀬巴水作品はこういった類の展覧会でよくお目見えする(右)

ですが、恩師がわざわざチラシまで下さって勧められたのと
やはり実物を見たい。

思い切って行って正解でした。
何といっても展示数がとても多く見ごたえがあリました。(3フロア)
もともと江戸風情を残した東京の水辺などの作品に魅かれ
好きになった版画家ですが、改めて“水のある風景”が多いことを実感。
恩師に同行して踏査したところなども結構あり、約100年前の風景を興味深く見ました。
いくつもの水辺を見るうちに日本らしい風景は湿度のある風景なんだと
ふと感じました。きっとそれで恩師も勧めらたのかな、と。

版画で毛でなくスケッチや順序摺り、版木の展示もあり、とても良かったです。
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 3フロアのうち1フロアは撮影可でした
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 順序摺り。意外にこういう展示をしてくれるところは少ない

色の重ね方や版をどれくらい彫っているのか、
この部分は版を重ねているのではなく、ぼかしを入れているのか、
などとても参考になります。
もっとも川瀬巴水は“浮世絵方式”で制作しているので
彫り師も摺り師もプロがいるので、その匠の技はとても真似はできません。
ただ少ない版で多くの色を表現するヒントになりそうでした。
(実際の版画は何十摺りもしているので、創作版画とは全く別物ですが)

年末に美しい作品を見れて大満足でした。

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2021年12月21日

悲しすぎて

年の瀬に…今年一番 悲しいツーショットを見た気がした。
元夫婦が久しぶりに並んで公衆の面前に姿を現したが
その手には位牌と淡いピンクの骨箱…。
何でしょう、淡いピンクに親心が感じられて、余計に悲しく思えたのは。

世間を騒がせたというか――勝手に騒いでいるだけなのですが
絞り出すように「申し訳ございません」と頭を下げ
もう、本当に言葉がありません。
すでに批判殺到しているようなのでここでは多くは言いませんが
その姿を見て「今のお気持ちは」と問う無神経な声が
出てくる方が不思議なくらい悲しい光景でした。

賛否両論はありながらもいつでも華やかで、もうこんなアイドルは出てこないだろう
という生き方をしてきたからこそ、子に先立たれるという不幸が
コントラストが強すぎて…辛すぎます。

私には子がいないから想像しかできない。
でも何としてでも親より先に死んではならないと強く思いました。

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2021年12月15日

お株を奪われた!?

昨日の夕刊では1面に、そして今日の朝刊でも社会面で取り上げられていた
パリ五輪の開会式の記事。
夕刊では夕日(?)に輝くセーヌ川のイメージ画像付きで
選手が船で行進すると報じられていた。

とにかくその発想が斬新。
目から鱗。
そんな方法があったのか、そんな方法が許されるのかと感心しながら
これこそ水の都 江戸――東京で隅田川でやりたかったと
悔しい気持ちにもなりました。

もっとも ものすごく広い空間を使って競技場にとらわれずに
というのは、新型コロナを経験したが故、ということもあるでしょう。
決められたキャパシティの中に観客を押し込めるのではなく
川岸や橋上のよく見えるところに有料席も作りつつ
その他の場所は見放題、というのは密にならない工夫。
そして開会式の一部だけでもタダで見ることができるとなれば
誰でも五輪に触れることができ、市民を巻き込んで
盛り上げることができること間違いなし!

日本だったら屋形船風、それとも大漁旗と国旗で飾った船
日本でしか見られない船が隅田川を行進したら
盛り上がったでしょうね。
大きな船を通すわけではないけれど
勝鬨橋を50年ぶりに開いてみせたら(ロシアは嫌がるかもしれませんが、笑)
東京の人だって「わ〜っ♪」ってなりそうですよね。

悔しいけれど、セーヌ川の行進は今から楽しみです。

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2021年12月09日

スターに追いついて

本日50と2つになりまして、
様々な形でお世話になっている皆様、本当に感謝です。

50代になってほどなくして、新型コロナが世間を騒がせ
これまで思いもよらなかった“自粛生活”なども体験し
長くて短いような奇妙な時間を過ごして迎えた51歳。
そうは言いながらこんな生活が長く続くはずはないと思っていたのに
更なる爆発的感染に戦々恐々とし気付けば52歳。
人生100年時代の折り返しは新型コロナに翻弄されっぱなしです。

52歳には少しだけ思い入れがある。
というのも昭和の終わりから平成の初め
立て続けに昭和のビッグスターが52歳で亡くなった。
石原裕次郎さんと美空ひばりさん。
奇しくも享年が同じだったことから、私の父なぞは
「スーパースターは52歳で死ぬんぞ。だからスーパースターの俺も52歳で死ぬぞ」
なんて軽口を叩いていたものです(その父は68歳まで生きました)

もちろん私はスーパースターでも何でもありませんから
52歳で死ぬなんてことはこれぽっちも思っていませんが
人生100年時代だとしても、人生の半分はとっくに過ぎてしまっています。
すっかりオッサン・オバサンの齢で社会的にも責任を負うべき齢なのに
気分はいまだにペーペーのまま、下手したら学生気分のままなのは
一体どういうことなのでしょうね…
私が若かった頃の50代のような貫禄はいつになったらつくのでしょう?

貫禄はつかねど、後回しになっていた色んなことに手をつけなければ
あっという間に寿命が来てしまいそうで
少しココでボヤく頻度も減らそうかなと思います。
そもそもココ始めたのは前の前の年女記念。
なんとそれからあっという間に16年!
思いつくままに好き勝手に毎夜毎夜つぶやいてきましたが
振り返れば、なんだかんだ時間を費やし過ぎたような…。
その分を今度は別な方法で発表しようかな。

とは言えココと閉じるとかブログ断筆とかではありません。
はっきりと正体を明かさないからこそ言えることもあるので。
でも、あまりのもどーーーーでもいいことは少し後回しに。
ん?それよりどーーーーでもいいこと以外の記事はあったのかって?
それもそうかとも思いますが。

ふと昭和のスターたちに齢が並んで思ったこと。

…なのでいつ撤回するか、あるいは そんなに前と変わらないじゃん
ってことになるかもしれませんが。
ちょっと次のこと考えています。

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2021年12月07日

忙しい人ほど

帰宅するとかわいらしい熊のキャラクターの絵の描かれた
ハガキが届いていました。
よく見たら見慣れた癖のある文字。
恩師からの礼状でした。

私が入社したころはすでに社内の中元・歳暮は禁止
義理の父母もおらず、実家暮らしなので親に歳暮を贈ることもありません。
そんな私が唯一盆暮の挨拶をしているのは大学の恩師です。

そこら中からそういった品が届くでしょうから
高価なものでも物珍しいものでもなく
もう、本当に気持ちばかりでお恥ずかしい限りなのですが…。

何代もいる研究室の中の特に目立った学年でもなく
教え子の中の一人にすぎないのですが
そんな一人にもきちんと礼状を直筆で送って下さります。
…ということは他の方々にもこうして1枚1枚書いているということで
毎度何十枚も書くのだろうなと思います。

研究室で作った絵葉書だったり、地元所縁の人の葉書や
川やダムにちなんだ葉書のこともありましたが
どこかのスペースに必ずひとこと、送った物のことを書いて礼状が届きます。
今でこそだいぶ仕事の量も減りましたが、かつては本当に忙しい中
一言手紙を書く。

これ、簡単なようでなかなかできないことです。
大人物で忙しいはずの人ほどマメ。
私もマメに働こう

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2021年12月06日

表彰状

はからずも連日NHKの番組の話題になってしまいますが
(それだけ良い番組が多いってことで)
今夜は変則的に『プロフェッショナル 仕事の流儀』で
田中将大スペシャル2021」として楽天の田中将大投手を取り上げていました。
震災から10年という年でもありコロナ禍でもあり
東北のみならず日本の期待を背負っての登板ながら
後半は勝てずに苦しんだ。そんな1年を追った内容でした。

マー君を見ていると思い出されるのが
やはり“マー君神の子不思議な子”の野村克也元楽天監督。
そのノムさんが亡くなった時に話題となった
巨人からメジャーへ行った上原浩治への直筆の表彰状。
自分の教え子でも何でもないのに、引退した選手を労う。
それが野球愛にも満ち溢れていて、優しくて
とても素敵な表彰状でした。
大好きなエピソードの一つです。


 表彰状   上原浩治 殿
あなたは日本のみならずアメリカでも
野球界発展に貢献されました
私は自分を月見草と称し
あなたも雑草魂と称されて
いましたね
月見草と雑草、陽が当たらない
ところで育った私達だからこそ
今の自分があるのかも知れません
日米で培った経験を球界に
還元してくれる事を期待し
ここに賞します
     令和元年五月二拾七日
             野村克也


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2021年12月05日

夜のテレビ体操

NHKの「アンという名の少女」を見ようと少し早くチャンネルを回したら
夜のテレビ体操なるミニ番組が始まりました。

お休み前に軽く運動する。新しい習慣を始めてみませんか?
との体操指導の多胡肇さんからのお誘いから、
井上あさひアナの落ち着いたトーンのナレーションで
ゴロンと寝ころんだまま。

今日は、体の伸び、首・股関節・ふくらはぎのほぐし、足首の曲げ延ばし
という5つのメニュー。

BGMはピアノの生演奏でSWEET MEMORIES、裸の心、ベートーヴェン悲愴
がゆったりと流れ、ゆっくりと運動。

最後の足首の曲げ伸ばしは深呼吸と同時に行うので
これは布団に入ってから再度やっても良さそう。

体操が終わると井上アナが
「あなたの明日が良い一日でありますように」
以前やっていた『ニュースきょう一日』のときの終りの挨拶で
終わったのも良かったわ。

週のはじめを気持ちよく迎えられそう。


今週から3週にわたってやるそうで、師走の日曜の晩にぴったり。

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2021年12月03日

もっと聞きたい

11月から始まったNHK朝ドラ「カムカムエヴリバディ」。
今週水曜日にはとうとうNHKラジオ英語講座“カムカム英語”が出てきました。
この講座の講師NHKアナウンサー平川唯一さん役で
さだまさし さんが声で出演されているのですが
この声がとってもイイ。
当時の番組をもちろん知る由もないのですが、
おそらくNHKに残されている当時の音源を元に
平川唯一さんの講座の雰囲気をかなり忠実に再現されているのだろうと
推測でき、これがさださんの優しい語り口にぴったりです。
当時を知らないのに見事なキャスティングだと思えてしまうほど
どこか懐かしい気持ちにさえなってしまいます。

とても自慢できることではありませんが、私は英語が全くできない。
中学生の時に単語の(綴りの)暗記が全くできずにつまづいて
それっきり放置状態w
以降、英語を避けるために推薦入試を選んだほど。

そんな私ですが劇中のさださんの“カムカム英語”を聞くにつけて
こんな英語講座があったらもっと勉強したのではなかろうかと思ってしまいます。
当時の講座の台本か音源が残っているのなら
それをそのまま さだまさし さんに復刻放送してもらったら
結構視聴するのではないかしら?

現在、ドラマに合わせて『ラジオで!カムカムエヴリバディ』という英語講座を
NHKラジオ第2放送でやっているのですが、
それとは別に復刻放送もやったらウケると思うんですけどね
時間帯も朝ではなく夜とか。どうでしょうかね、NHKさん。

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2021年12月02日

思わぬ影響

読売新聞夕刊の1面に飲酒で搬送10月急増との見出し。
緊急事態明けの10月、急性アルコール中毒で救急搬送された人が
前月比でほぼ倍増していたそう。
久々でタガが外れたのか、浮かれて飲み過ぎなんじゃ…、と思ったら
どうも原因はそれだけではないようです。

記事の事例では本人は“普通の酒量”だったけれど数か月ぶりの飲酒だったとか。
そう、問題は酒量だけでなく禁酒(していたわけではないけれど)の期間の模様。
その中で解説する医師も
元々お酒に弱い人は飲酒をしない期間が続くとアルコールを分解する酵素の働きが弱くなり酔いやすくなる。
と言っていました。
日本人はそもそも全般にアルコールを分解する酵素の働きが弱いと聞くので
コロナの自粛生活でますます弱まってしまっているんでしょうね。

鍛えればお酒に強くなるのは間違いと言うのが当たり前になってきていますが
この先生の話からすると、ちょくちょく飲酒すれば酵素の働きが弱いながらも
活性化するのかなと思いました。
それで“鍛えれば強くなる”との表現になったのかもしれません。

しかしこんなところにも新型コロナの影響が出るとは。
ある意味日本人が生真面目で、多くの人は酒も飲まずに巣ごもり生活をしていた証拠。
そういうところが今の数字に表れているのかもしれません。
いずれにしても 酒は飲んでも飲まれるな ですね(笑)。

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2021年12月01日

つかの間の

今日から12月、今年も残りわずかです。
新型コロナの感染者―無症状の感染者はもっといるのでしょうが―が
200名から100名の間でずっと推移しています。
はじめはもう底が来て第6波が来るのかと戦々恐々としていましたが
それが何日も続いて、ようやくいくつかの会食が予定表に入り出し
これなら少人数の忘年会ならアリなんじゃない?
と少し緩んで、気持ちも楽になってきたところでした。

そこへ再び「オミクロン株」ですよ。
今回は早々に政府も対策を講じたように感じましたが
昨日に続き、今日も国内での感染者が出てしまいました。
今日発表のあった人は27日の入国(帰国?)だそうですから
もうこの5日間で、どこかで誰かにうつしているかもしれません。
空気感染の可能性まで言われていますから、ちょっと怖いですね。

感染力が強いのは一般出来には毒性が弱いとされていますから
そこだけが唯一の救いでしょうか。

あと1ヶ月。無事2022を迎えられますように。


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2021年11月30日

SANTA2021

明日からはいよいよ12月。クリスマス月です。
愛虎家では今年もイルミネーションを開始しました!
先週設営を始め、週末に完成。昨日から本格始動です。

今年は新アイテムはありませんが、昨年購入したLED付ブラックボード
コイツが何にでもなると言いますか、
1年を象徴するような“何か”をイルミネーションにできます。

今日、オミクロンが日本にも入ってきてしまったことを考えると
昨年同様アマビエでも良かったですが
昨日までは「もうアマビエじゃないな」と思っていましたから。
開催まで色々物議は醸しましたが、やはり今年と言えばTOKYO2020。
TOKYO2020といえばピクトグラムってことで

じゃーん!

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TOKYO2020をかなり意識してオマージュしました。
このまま無事GO TO 2022 へ向かいたいところ。
皆さんが健康でクリスマスを過ごせますように。

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2021年11月27日

縁に恵まれて

今夜は(というか今夕は―という時間からでしたが)
大学の大先輩にお呼ばれして、セレブな街の隠れ家で会食でした。
我が校で非常勤講師をされていて、その授業のお手伝いをしたことから
そのメンバーで一度会食をするつもりがコロナ禍でなかなか叶わず
ようやく集ることができました。

パワフルで精力的にお仕事をされそれなりの立場なので
経験豊富、お話も尽きることなく興味深い話がバンバン出てきます。
たくさんあり過ぎて、忘れないよう全部ノートにとっておきたいくらいでした。
でもそういった話を散々した後で「やっぱり縁なんですよ」と。
これだけたくさんのお話があって行きつくところは“やっぱり縁”なんだ、と。

大先輩は「ばったり会う率」が高いと仰っていました。
ばったりなんだけど必然というか、それが縁なんだね と、しみじみ。
そんなご縁に恵まれた晩でした。

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2021年11月26日

便利過ぎて

我が学科ではあまりにも学生のレポートの出来が悪いため
必修の実験科目で3週くらいかけて、添削と修正を繰り返したのち
提出させるという方法をとっています。
大学院生が大勢いる研究室では彼らが時間をかけて何度もやり取りしますが
そうでない研究室ではせいぜい週1でやり取りをし
修正し切れてなくてもそこで評価する程度です。

そんなわけで添削途中のレポートを見ることもあるのですが
まぁひどい。
中身云々以前に日本語ができていない、体裁そのものができていない。
文書になっているものをあまり見ないからなのでしょうか。
ワードやエクセルがお利巧すぎて、彼らがデフォルトで提案する
書式やグラフをそのまま使いすぎるのです。

よって余白が大きすぎたり、段落番号のインデントもそのまま
グラフの意図も考えずに目盛りもバラバラ、マーカーの色や形もお構いなし。
最後に考察をどう書くかも考えずに作るので統一性もない。
文書全体のバランスが感覚としてありません。
数式は面倒だからと教科書や資料を式を画像で貼り付けたりするので
文字のサイズが違っていても気にもしない。
Tabや時には小さなポイントの文字で空白を入れたりして微調整するとか
そんな“こだわり”などは一切なく、レポートのページ数を稼ごうと
改ページがやたら多かったり…。
注意しても面倒くさがるばかり。
私だったら収まりが悪くてとてもそのまま提出などできない。

昔はこんなにワープロソフトが優れていなかったので、
パソコンで編集しきれない部分はアナログ的に対処していました。
学生のころアルバイトでコンサルなども行きましたが
ページのナンバリングは手書きで、その位置が一定になるように
テンプレートに印をして同じ場所に書くよう指導されたり
切り貼りをするにも前後の文字間隔に合わせてトレース台を使って
透かしながらぴったり合わせるとか
図のサイズを合わせるために手動でコピー倍率を何度も微調整してみたり

そういう手間をかけたことで、きちんと体裁を整える
ということが身についたのだと思います。
便利にし過ぎてしまうと、便利になった部分への注意も向かなくなってしまうような
良いんだか悪いんだか

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2021年11月25日

昭和的感覚

クリスマスまであと1ヶ月に迫り、まだ一部未設営ですが
できた部分から先行して今年もイルミネーションをはじめました。

ベランダに設置したものがメインというか、一番大きな面です。
私の部屋はベランダに面しているので、タイマーの切れる夜中の12時ごろまで
カーテン越しに色とりどりの灯がチカチカしているのがうっすら透けて見えます。
これがどーもドラマなどで出てくる場末の酒場の2階にある
アパートの一室から透けるネオンを連想してしまうのは
昭和的感覚でしょうかね(笑)。

もう10年以上クリスマスイルミネーションをやっているのに
布団に入り電気を消したときにカーテン越しに透ける灯は
場末の酒場のネオン って思ってしまう。
だからと言って淋しい気持ちになるのではなく
何となく懐かしいような気持になるのは何なのでしょうね。
灯が消えるのが早いか、私が寝入るのが早いか
そんな中で寝るのが悪くない。
クリスマスまでしばしそんな感覚に包まれながら眠りにつきます。
おやすみなさい


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2021年11月24日

エロティシズム

今夜は恩師宅でお役所の方と会食でした。
お宅へ向かう途中、横浜を通過するため
崎陽軒のシウマイ弁当を頼むとリクエストがありました。
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実はこれには前段がありまして――
というのも、先月本日の会食のための会食(?)があり、
私の他、2名のOBが呼ばれました。
この時も先生はシウマイ弁当を御所望。
横浜から来るOBがそのミッションを遂行する予定でしたが
時間に余裕のあった都内にお勤めのOBがエキナカの崎陽軒で購入。
持って行ったわけですが、「紐じゃないな」と一言。
確かにそのシウマイ弁当はフィルムの帯で留まっていました。

先生曰く横浜で作ったものは紐で縛ってあり
東京で作られたものはフィルムで留まっているとのこと。
その紐をぴゅ〜っとほどいて開けるのがエロティシズムなんだよ、と。

何となくわかるようなわからないような…
昔の時代劇で悪代官が女性の帯をクルクルっと解くあれと同じ感覚?
紐を解いて蓋をペラっとめくる感じ??

ともかくこの時はじめて、紐バージョンとフィルムバージョンがあることを知りました。
しかも違いはそれだけではなく、
横浜本社工場は平の蓋に掛け紙、そして紐かけ、
東京工場は掛け紙と同じ絵が印刷されたかぶせフタで、帯状のフィルムで巻いてあります。
今まで全く気にしていませんでしたが、これからは
どこを境に紐バージョンとフィルムバージョンに変わるのか
ちょっと気になってしまいそうです。

今夜は無事、エロい方を持っていくことができました。

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2021年11月21日

流行り病

今夜のNHK大河ドラマ『青天を衝け』は
渋沢栄一の妻、お千代が亡くなるシーンでした。
当時、流行っていたコレラにかかって亡くなったそうですが
感染力が強いため、診断後は子供たちは部屋に入ることを許されず
最期を看取ったのも栄一だけ。
そしてその後は炎を眺める栄一のシーン。
当時はまだ土葬だったでしょうから、感染症で亡くなったため
火葬にしたのだなということが推察できるシーンです。

明治の初め、140年くらい前の話ですが
令和の今も新型コロナでお亡くなりになった場合(だいぶ緩和されたようですが)
袋に入れられてしまい、通常のお別れはしにくくなります。
医学が発達した今も接触を避けるという基本的な部分は
むしろ変わらず――というより、より科学的に厳密になって
お別れのできない悲しみが現代とリンクしているようでした。

その他にも経済(人々の暮らし)と政治の在り方など
栄一の言葉がまるで今を表しているようで、なかなか興味深いです。
もちろん現代人に共感を得られるよう、そういうセリフにしているのでしょうが
それにしても100年以上経った今に合わせられるというのは
根本はどこか同じ部分があるということなのでしょうね。

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